不安など
世界にはありふれたものなのでしょう
それでも
自身にはとても恐ろしいものだと思うのです
黒いローブと彼の対峙を目にしてからというもの、
私は、その夜の光景が頭から離れませんでした。
怒気、突き付けられた剣、嘲るローブ
そして
"彼女にもう一度、人としての生を―――"
彼の言葉。
彼は何を話していたのでしょうか。
彼は何を隠しているのでしょうか。
彼の本当の目的は―――
私は、延々と反芻される疑問を胸に抱えながら、
暗く凍りそうな夜を過ごしました。
遺跡の探索が進むにつれ、宝玉の影響は顕著になりました。
今思えば、宝玉だけでなく、島全体からの影響だったのかもしれません。
深部に進むほど、原生生物は凶暴性を増し、
明らかに、生物としての枠を外れた敵も現れるようになりました。
そして、私たち自身にもその影響は色濃く現れるようになってきました。
宝玉は強大な力を与えると引き換えに、身体、精神を蝕み、
私達は、何か得体の知れないものに睨まれたような、
重苦しい悪寒を常に感じるようになっていました。
それでも、私達は何かに取り付かれたかのように遺跡の深部へと足を進め、
ついに六つの宝玉を集めるまでになっていました。
「・・・七つ目の宝玉、か。」
5日間にわたる遺跡での探索を終え、
補給と情報収集と一度地上に戻った時でした。
手がかりを無くし、一度区切りをつけようとしていた矢先、
私達は七つ目の宝玉の話を耳にしたのです。
七つ目の存在―――。
それは、遺跡の開放当初、探索者側には隠されていた情報です。
実際、私達は六つの宝玉を集めましたが、
まとわり憑くような悪寒意外、これといった変化はありませんでした。
さまざまな憶測が飛び交う中、一つ一つを吟味する暇はありません。
実際に自分の目で確かめることが、最も効率の良い方法でした。
「どうやら、ゆっくり休んでいる暇もなさそうだ。」
彼はそういうと、一度机に広げた荷物を、また再びカバンにしまい始めました。
少しばかりの休養を取る予定だった私達は、すぐさま遺跡の探索へと戻ることになったのです。
***
「まったく、長い通路だね」
彼、ネクロが少しうんざりしたように、呟きます。
「おまけに、暗いし臭い。」
桃色の髪をした細身の青年が、頷くように答えました。
私達は、前面石壁に囲まれた細い通路を、延々と歩いていました。
灯りは手に持った小さなランプのみ。
じめっとした湿気が満ちる通路は、びっしりとカビに包まれ、異様な空気を漂わせていました。
「―――ん?」
「どうかしました?」
延々と続く石畳を歩いていると、
ふと、青年が後ろを振り返りました。
「いや、何か今、音がしたような・・・。」
怪訝な顔をして、自らがあるいてきた方向を見つめています。
粗雑な石を並べた薄暗い通路は、その先を写さず、ただ静まりかえっています。
「音?特には聞こえませんでしたが・・・。」
小豆色の髪の少女が答えました。
「うん、気のせいか―――。」
青年がそう言って歩き出そうとした時。
突如、私たちの後ろから、どん、と地面を突き上げるような音が鳴り響きました。
「―――!?」
私たちは一斉に後ろを振り返ると、
徐々に、その視線の先から、次々と、鈍く岩が砕ける音が鳴り響いて来ました。
「いかん!崩れるぞ!」
ネクロは、大声を張り上げると同時に、私の手をつかみ、全力で走り始めました。
「間に合わない!」
青年は、小豆色の髪の少女の手を取り、引っ張るように走ります。
轟音と地響きを立て、崩れる石壁が落ちる先は真っ暗な闇。
まるで、何も無い空間に浮かぶように、細長い通路が続いている様でした。
「何、この通路・・・。
中に浮いてる・・・!?」
「考えるのは後だ!
とにかく走れ!」
私達は全力で走りましたが、徐々に崖は近付き、真っ暗な闇が迫ってきます。
「あっ・・・!」
急ぎすぎたせいでしょうか。
私は、足がもつれ、地響きを上げる石畳に倒れ混んでしまいました。
「ネイリ!」
間に合わない。
飛び掛るような勢いで迫り来る崖。
湿った石壁と一緒に、暗い闇へと落ちようとしたその瞬間。
ぴたり、と通路の崩壊が止まりました。
「・・・?」
「・・・とまった?」
私の右手を握り締めたまま、ネクロが呟きました。
「無事か!?」
少し先を走っていた仲間がかけよってきます。
どうやら、私の足はすくんでしまってうまく立てないようです。
「・・・理由は判らんが、また崩れるかもしれん。
一旦ここから離れよう―――。」
握った手を引き上げ、私を抱え起こそうとしたそのとき。
「もうすこしだったんだけどねぇ―――。」
かけよってくる仲間と、私達の間。
何も無い空間から、黒いローブが染み出してきました。
突如として現れたそれは、私達に向かって左腕を突き出し、こう言いました。
「下で君達を待っている予定だったんだが、
ここは、私が直接案内することにしよう。」
突き出された左腕に、黒色の魔力が集まったかと思うと、
それは私に向かって勢いよく放たれました。
「―――っ!」
ネクロがその身を私の前にさらします。
抱え込むようにして私を庇った彼の背中に、
圧縮された魔力が叩きつけられました。
「がぁっ!
反動で弾んだ私達は、そのまま崖の方へ投げ出され、
暗い闇の中へ落ちていきました―――。